フィリピン考察記

+腎臓病の療養記 in MANILA

フィリピン人にお金を貸す時

人のお金を貸す時にはいつも2つの事を思い出す。裏切られた時の心の痛みや怒りの感情。そしてもう1つが彼らが問題を解決できそしてお金が返ってきた時の嬉しい感情。いつもOKするワケではないが今までに何度か嫌な経験をし何度か良い経験をしている。

 

お金を貸す段階ではとても感謝されるし幸せな表情を見せてくれる。それに例外はない。でも返済時に感謝の気持ちを持っている人ばかりとは限らない。僕も返済されないことは想定しているが、少し金額が大きいと、どうすれば問題が解決するのか返済はどうするのか、一緒に話しあったりする。金額が小さい時はそこまではしなし、約束が守られない限りは追加では貸さない。また事情によって貸すのではなくあげてしまう。

 

僕以外に借り入れがあることも少なくない。追加で支援が必要なこともある。最近では以前よりそれが読めるようになってきてる。本人の甘さもあるが役所やら派遣会社がクズだったりすることも少なくなくて同情もする。『大変だなぁ~』と思いつつも、あまり出してしまっても自立できなくなってしまったりするのでサジ加減には迷ったりする。『子供のミルク代』とか『持病をどうするか』とか割に大事なことを天秤にかけないといけない状況だったりもある。

 

 

ほとんどの場合は担保になるものはないし、相手に病気や事故などあれば焦げ付くだろう。また無金利で貸しているから金利分は実質的にあげているようなもの。それでもフィリピン人の実情を知る上ではプラスだと思っているのと、苦境を乗り越え返済を続けてくれている人は信用度が高く、それでいて恩義を感じていてくれたりするので、貴重な仲間になりうるのではないかとも思っている。日本で他人の人生を転落から救ったりすることは同じ金額では出来ない。

 

この国は弱者がその弱みに付け込まれることが少なくない。ずっと高利貸しの返済に追われている人や低賃金で飼い殺し的な話も聞く。もしあの状況でお金を課さなかったら、夫婦と子供がボロ屋を追い出され無職で頼れる親戚もなく、どうなってしまっていたのだろう??・・・路上の物乞いと彼らを少し重ねつつ。好奇心として『どう落ちていくのかを知りたい』とも内心は思う(分析は僕の癖のようなもの) でも友だちがそうなるのは見たくない。