KOYA(マニラで子供らと遊ぶ)

庶民エリアにコミュニティスペースを作ってみた。

貧困についての考察1

フィリピンは東南アジアにおいても貧しい人の多い国だと思う。国としては経済発展をし高級な住宅街やオシャレなレストランがあるようなモールも1つや2つではない。お金持ちに加え、プログラマーや銀行に勤めているなど、経済発展の恩恵を受けている人はいる。

その一方で貧困状態の人も多い。マニラでは最低賃金が1日550ペソくらいだが、それ以下で働く人がかなり多い。一般的な労働者がどれくらい大変なのかは以前の記事をみてもらいたい。

manisen.hatenablog.com

 

さて今回は労働以外の部分で貧困を抜けるのを難しい要素を考察してみたい。


◆医療費が高い。


この国では貧乏人が割に簡単に死んでしまう。先進国が持つような健康保険制度がないこともあるが、そもそも保険制度とはみんながお金を出し合って病気になった人がそれを使うって制度なので、フィリピンでそれがあったところで庶民にはその掛け金が払えない。

そして医療制度は基本的にはアメリカから取り入れていて、病院によって、あるいは医者によって値段が違う。外国人だと足元をみて2倍、3倍の額をふっかけてくることはある。それだけでなくマニラの医師の賃金は他国にくらべて安いから優秀な医師はアメリカなどに流れるらしい。

考えて見て欲しい。手術に関しては下手すれば(保険適用分を除外しても)日本より高い場合に手術を受けられるような人がどのくらいいるだろうか。金持ちは可能だろうと思うが、僕は手術件数が少なく経験不足な医師が多いのでは??と考えている。


ただ庶民向けの診療所などは高いワケではない。庶民にとっては高額かもしれないが行けないワケではない。薬も1錠単位で買える。ただ問題は重病とか緊急の場合。公営の大病院は常に患者で溢れかえっているようだ。

僕の友人が尋常ではない頭痛がおこり病院に行ったが、そこには怪我した人とかが大勢いて2時間待ち3時間待ちは当たり前。別の友人の通院に付き合った時は緊急を要しなかったから談笑しながら待てたが、緊急の場合は困ると思う。


そうやって1つの病気で、細々と暮らしていた庶民が困窮してしまったりはあると思う。


◆家族親戚とのつながりが強い。

フィリピンの庶民は貧乏子沢山が普通。小さな家で家族が川の字で寝ることも多い。そんな中で助け合いながら生きているので日本より家族(あるいは親戚)のつながりが強い。それは良い面でもあるが、いざ1人が困窮すると借金のお願いが周囲に来る。もちろん返ってくることもあるが来ない場合もある。困っている家族を救うのは義務だと思っている節がある。

これは貧困をぬけ出す上では足かせになる。仮に1人が頑張って勉強し良いところに就職する。あるいは日々の無駄遣いをせずコツコツと貯金していても、だらだらと生きてきた兄弟を助けるハメになる。小さい頃から自分も助けられているのでぬけ出すことは困難。1人が外国人と結婚しようものなら、働くのをやめてパラサイトしようとするもものが出てくる。庶民と付き合う上で外国人が陥りやすいポイントがいくつかあるが、それはまた別の機会に譲る。



◆騙されることもままある。

フィリピンでも定住している人はいいのだが、田舎からマニラに出稼ぎに来た人の苦労はまた想像を絶するだろう。田舎より物価が高い。就職できても給料がスグにもらえるワケではない。また企業のエゴで遅配とか予想外の出費とか散見される。多くは先にマニラに来ている親戚などを頼る。

引っ越しをした場合に善良な大家さんに当たったらラッキーだと思う。ここでは単純に家賃だけでアパートを選んではいけない。地雷大家の話をチラホラ聞く。そしてこの国では大家さん(資本家側)の権限が強い。安い家賃でもボロい家・・・借りて直そうものなら、家賃の値上げを言われ追い出されるとかある。交渉力のない若者とか泣き寝入りするしかない・・。

またマルチ商法的なものを多い。それを詐欺と言ってしまうのは人によっては不快に思うかもしれないが、あれで皆が幸せになれることはない。フィリピンはコレが流行しやすい土壌がある。1:豊かさへの憧れが強い。2:論理的思考力が弱い。3:コミュニケーション能力の高い人が多い。・・・・僕としては悩ましい。


考察2では子供の貧困をぬけ出すには。
について考察してみたい。

痛し痒しのセブ・パシフィック航空

マニラ在住の個人投資家HASEです。

僕は2ヶ月ごとにフィリピンを出国しては観光ビザを1回延長するって生活をかれこれ5年くらい続けています。そんな感じなので飛行機は年6往復くらいします。そういうライフスタイルが実現する大きな手助けになっているのがセブ・パシフィック航空ってLCCです。

ここはLCC(ローコストキャリア)っていうだけでなく年に3回ほど格安のプロモーションをするってことで知る人ぞ知るという存在。どの位安いかっていうと、マニラからバンコクなど近隣国なら5000円くらい(往復ですよ)。日本への往復で荷物を入れても8000円くらいで済んでしまったりする。


それだけ格安なので争奪戦はなかなか激しい。
僕の場合は深夜12時くらいで頑張るのは避け、あえて仮眠をとって午前3時頃から5時くらいまでかけてジックリとチケットを物色する。地味にこれはコツです。多くの人は深夜まで頑張るのだけどサーバーが激混みでアクセスできず脱落していきます。そうやってその時間帯になってもまだチケットが残っているというワケなのです。


ところが支払いに関して問題が出てきました。

もともとクレジットカードで支払いができていたのですが、なぜか2年目くらいから出来ず。仕方なくマニラの支払いセンターみたいなところに出向いて現金で支払いをしていました。実のところそれだけ少し面倒ではあるがオンライン支払いの手数料はかからないし、ペソで払えるのでレートの悪い為替で計算されることもない。

まぁまぁ気に入っていました。

 

ちなみに、その際に2つのオプションがあり、A:深夜24時までに支払う。と、B:24時間以内に支払う。があり、支払う側としてAを選ぶメリットはなく意味不明です。午後11時にそのチケットを買ってAを選ぶと店は当然閉まっていて、支払いは不可能になります。


さて今日、プロモがあり、頑張ってチケットを買おうと思っていましたが、なぜか支払いで店頭を選ぶことが出来なくなっています。面倒な記入などを済ませやっと最後の支払いまで来たのにクレジットカードとかペイパルくらいしか選べない。オンライン決済のみに集約しようという方針なのでしょうか??でも、サイトの説明には店頭での支払いが出来ると書かれたままです。

もちろんフィリピンでは運用が適当で、変更があっても説明は放置なんてよくあることですが、店頭での支払いが出来ないとなると僕はここでチケットを買えなくなります。クレジットカード・・・僕は銀行口座にお金を入れていてデビッドカードとして使っているので通らない意味がわかりません・・・。

(クレジットカードでの支払い時に電話番号やメールアドレスそして住所を記入しなければいけない意味もわかりません)


それが使えない。今後どうしよう・・・困っています。

今は12月。既に2月、4月、6月、8月、10月の5往復分は確保しています。それを消費するまでに解決策が出なければ僕は永住ビザを取るとか観光ビザでIDを作るとか他の方法を考えないといけません。

残念です。いい方法があったら教えて下さいな。



そんなワケでダメダメな航空会社だとは思いつつも、お世話になっているという状態です。

独身中年の将来を考えてみた。

今後どういう生活がしたいのかを考えた。

HASEです。もうすぐ42才。そこら中に子供や妊婦がいるフィリピンに住んでいて日本でありがちな独身中年です。僕はこれから孤独な中年が日本でドンドンと年をとっていくと思い、フィリピンでそれでも楽しい中年生活(老後も見越して)を模索しています。


かといって『フィリピン+オッサン』でイメージしがちな若いフィリピーナを囲ってって話ではありません。テーマはいかにコミュニティを作るかです。


その前に日本の独身中年の置かれている現状について僕の見解をお話します。


◆日本の独身中年。

二十代の頃には彼氏や彼女がいた人も30才を過ぎた頃からコンパなどの出会いが徐々に減ってきます。気がつけば友人の半数は結婚し家を建てただの子供が生まれただの話で盛り上がり、友人の半分は独身で恋人ナシという状況に固定していきます。

そこから更に40才くらいになっていくと、職場以外での出会いが更に減ってきます。恋愛対象になりそうな人は既に配偶者がいることも多く、またかといって若い人に相手してもらにくくなる年令です。それで過去の成功体験はアプローチの失敗などで消し去りプライドを守るために恋愛にも積極的になりにくくなります。

30代の頃は『友達として気軽に食事でも』ってケースはありますが、40代になると、食事に誘うだけでセクハラとか嫌われるという事も出てきます。この年になるとそれ以外の必然がないとダメなワケです。


次のその独身中年がその先にどうなっていくかというと、お金はそこそこある(ない人もいるでしょうが、子供や配偶者などに使わない分は比較的たまる)、が、休日に遊ぶ友人もいない。子供も欲しいが相手がいないと始まらない。更に老人になって触れ合いに飢えたり病気や孤独死を心配するようになります。


僕は30代半ばの頃に縁あって英語を勉強しにフィリピンにきて起業やら試行錯誤して、今はこのコミュニティ作りを主に意識してやっています。(仕事は個人投資家として細々とやっていけています。それはまた別の機会に)



◆コミュニティとしてのフィリピンの魅力。

A:日本人とつながりやすい。

外国においては日本人は常に同郷という意識が働きます。マニラ在住の僕であればフィリピンに来た若者にフィリピンのことを教えてあげたりしますし、在住の日本人同士で集まったりってあります。現在のところLittle Japanという交流会を中心に活動しています。あとアトリエってシェアハウスも共同で運営しています。

記事の上の方に書きましたが、若者と友達的な付き合いをする時の必然性がそこに生まれたりします。もちろん教えることばかりじゃなく教わることも少なくない。


B:フィリピン人とつながりやすい。

フィリピンは格差社会です。フィリピン人同士でも金持ち層と貧乏な層が交友関係を築くのは難しいと僕は考えていますが、日本人の場合は割に幅広い層と友達になりやすい。ただしお金持ちの層とは英語力がないと難しく、貧乏な層と付き合うのはいろんなコツが必要です。

フィリピン人は仲良くなると実家に招待してくれたりします。また日本ほどは年齢を気にしません。あくまで日本と比べればですが。それと外国人に対してある種の憧れみたいなものやお客さんという意識を持っている人もいて、もてなしてくれたりします。下心のある人もいますが、大抵は善意からくるものだと僕は思っています。

僕の住んでいるところはフィリピン人の家の"離れ"です。留守の時は大家さん家族に荷物を受け取ってもらったりできますし、セキュリティー上も1人ぐらしより安心ですし、何かとフィリピンのことを教えてもらったりしています。また大家さんつながりで家庭教師と知り合うことが出来たり、そのあたりは家賃の額だけでは比較できないメリットです。逆に僕もいろいろと支援はしています。


◆どんなコミュニティを作っていくか。

現在のところフィリピン人と日本人の交流会Little Japanと、仲の良い庶民の友達、あと近くの集落の子供たち、シェアハウスを共同運営している日本人と韓国人の友達がいます。

【1】できれば将来的にはゲストハウスを作りたいと今でも思っていて、同じようにしてみたいって思っている人が出てくるのを(受身ではありますが) 待っています。でも、そうやってアトリエってシェアハウスははじまったので、まったく可能性がないとは思っていません。

その旅人用のゲストハウスと交流会を組み合わせ、日本人の旅人がそこでフィリピン人の友達を作ったり、ランゲージエクスチェンジを出来る環境を作りたい。それがプラン1つ目。

【2】2つ目は子供たちとのコミュニティです。日本とは違いこっちでは多くの子供が伸び伸びと遊んでいて、僕も大きなボールやらフリスビーを持って一緒に遊んでいます。人によっては『遊んであげている日本人』という印象を持つ人もいるでしょうが、遊んであげている感覚なのは3〜5才くらいの幼児で、7〜15才くらいだと普通の僕も楽しんでいます。ジムに行かずとも無料で運動になるし。

おそらく日本との違いは、その集落は子供も大人も多く、大人も知っているので安心して子供たちと遊べることです。日本なら誘拐犯だと警戒され簡単に親戚でもない子どもと遊んだりはできないでしょう。

ただそこの子供たちは貧乏で虫歯が多い。別ところで書きましたが、そこに家を借りて1Fを子供たちに日本語を教えたり遊んだりする場所。2Fをスラム的なところで活動してみたい日本人の若者が滞在できる場にできればって思っています。このプラン自体は協力者がいればそんなにお金はかかりません。家賃とか知れているし、人を雇うとかなると簡単にはいかないがそういう活動がしたいって若者待ち。


◆その上でどんな生活がしたいか。

今は一人暮らし。2ヶ月に1度、近隣諸国や日本にいく為にフィリピンを出て、またフィリピンで滞在という暮らし。一人暮らしはそれはそれで快適ですが、ここでシェアハウスをしていたときのような交流はありません。できてはその部分をゲストハウスで実現したい。若い頃と違い旅人が集うゲストハウスにおいても他のゲスト(若者)と友達になりにくい年令になってきました。そういう意味では関係者というのはゲストをもてなすという必然性があるのでもてなしたい。

次に今月からローカルなフィリピン人と一部ではあるがアパートをシェアしている。たまに泊まりに行くという感じなのだが、それはそれで面白い。シェアする家賃などたかだか知れている。それより一緒に食事したり生活を共にすることで得られる経験の方が貴重。

そんなワケで理想としては、1人暮らし(今は2部屋あるがもう少し狭い場所でも可)をしつつ、週2日くらいローカルなフィリピン人の家に泊まり、週2日くらい運営してるゲストハウスで旅人やらと交流する。それとは別で集落の子供たちと交友関係を築いていく。そんな感じ。

子供たちは純粋で、変に大人のフィリピン人と一緒に何かはじめるよりは、子供の頃から信頼関係を築いてきて性格とか境遇とか分かった上で何か一緒にする方が安心できる。老後はメイド的なことも誰かに頼みたいだろうし、事業する場合にも信頼できるフィリピン人というのは大事。もちろん、子供がいない僕にとっては擬似的な息子や娘達でもある。

仮に今後結婚したとしても、その辺りは両立できる。

5年くらいで資産も増やしてボチボチとフィリピンに還元していきたい。コミュニティ作りにタイミングを見て資金をぶっこみたい。なんて企んでいます。

警備員にXマスの寄付を頼まれた件。

僕の住んでいるのはマニラでもビレッジと呼ばれる場所で、エリア全体が金網で囲われ、各ゲートには警備員がいる。僕は散歩やら買い物やらでそこをよく通るのだが今の時期はクリスマス前。メインゲートの警備員に呼び止められ封筒を手渡された。


・・・・要は『クリスマスなんでお金ちょーだい!』って話。


普段は挨拶くらいはするが、彼らの上司でもないし友達でもない。『欲しいならボスに言って欲しいなぁ〜』というのが正直なところ。更に欲しいとしても募金箱とか置いて自発的な寄付を願ってくれるといいんだが、ここでは、直接呼び止められる。


大家さんにその話をしたら、全員に頼むわけではなく相手をみて頼んでいるらしい。しばらく無視していたのだが、通る度に声をかけられるようになって対策を考えることにした。相手は銃を持った警備員。中にはいかつい顔の人もいる。無下にして怒りを買えば下手をすれば銃弾のプレゼントがクリスマスに届く・・・ということも最悪かんがえておいた方がいい。

相場はどんなものだろう。500ペソくらいかな??とかいちおう考えたが、僕がしたのは、こんな感じ。


◆警備員があんまり多くない時間帯(ただし1人ではないこと)にメインゲートを通る。当然、声をかけられる。ゲートに近寄って行き。寄付を頼まれる。

『僕は上司でもないし友達でもないしキリスト教徒でもない』・・・と笑顔をつくりながら半分冗談として伝える。相手は『これはフィリピンの伝統だから』と食い下がる。僕は『じゃあ僕はこの封筒にお金を入れて君たちにあげる。そして僕は封筒を用意するから君たちはそこにお金を入れて僕にくれ』と言う。あくまで喧嘩腰にならないよう。和やかなに交渉する。

いちおうそれで自分たちだけがもらうことの正当性がないことを示す。その上で相手の行動はだいたい予想した通りだった。

「僕達はお金がない(貧乏)だから」と警備員。

それを肯定も否定もせず、僕も「借金がけっこうあるんだよ」って。

もちろん、相手に真偽を確かめる術はないし、本当は借金といっても貸してる側だけど。そうやって『もらえそうもないかも??』ってちょっと思わせたところに、買い物帰りの小銭入れから、P100を出して渡す。残りは硬貨しかないところをいちおう見せつつ。

相手にとってみればゼロよりはずっと良い。P100あれば酒が1瓶買える。そうやって落とし所を作ってあげ、お互いにメリークリスマスと言い合って笑顔でそこを後にすることが出来た。


日本ならそういう請求をする警備員自体がいないし、いても管理会社にクレームを言うなどすれば何とかなるが、ここはフィリピン。管理会社が話がわかる人達とは限らない。それに変に面子を潰してはあとあとやりにくい。原理原則を持ち出してやり込めるより少額で済ませるのがほど良いと僕は思う。

P.S. ちなみに封筒には"メインゲート警備員一同" と書かれていたがあと2つあるサイドゲートの警備員からも封筒を渡されるってことはないよなぁ??(笑)

 

リタイアメントビザの取得を再検討

フィリピンに住むようになって5年が過ぎた。

当初はリタイアメントビザ(SRRV)の取得も考えていたがあまりメリットを感じず様子をみていたら観光ビザの延長と出国で何とかしのげている。ここにきて入国時に『フィリピンで何をしている?』と聞かれることが多くなり、当分の間はフィリピンを拠点にする覚悟もあるので再びリタイアメントビザの取得を検討することにした。


【現在の方法】

プロモ(格安)チケットを事前に買っておき、2ヶ月毎に出国。プロモでも特に安いのが出ている時にまとめて2往復あるいは3往復を買っている。現在は2月、(4月が抜け)、6月、8月、10月のチケットを既に購入済み。

ビザ無し30日に加え1回の延長で計約2ヶ月滞在できる。それを年6回ほどする。観光ビザの延長は当初より簡略化され、しかも特急料金が不要になってたので、1回あたり5000円ほど。年3万円くらい。

旅費としてはバックパッカーとして近隣の物価の安い国にいったり実家に戻ったりするのでそれほどお金はかからない。

 

気になる点としては、高齢になって旅がしんどくなったら・・・。という点と、入国の度にあれこれ聞かれるのが面倒・・・あるいは突然拒否されるのでは??という一抹の不安くらい。これに関しては滞在中の活動を説明できるように写真などを用意したりしておけばそうそう拒否されることもないだろうとは思っている。



【リタイアメントビザを取得した場合】
いちばん懸念したのは旅行税(約4000円)を支払う必要性・・・支払ったって話を聞いたので調べてみたら1年以内に出国すれば免除らしい。そのくらいのペースでは旅もするし実家にも戻る。

次に費用としては年4万円ほど。プラス取得するのに推定で約25万円。それと預ける2万ドル(約230万円)も実質的に引き出せないなら費用みたいなもの。あと地味にめんどくさい。

メリットとされるものの多くが僕には魅力的に感じない。家電類をフィリピンに持ち込んだ時の免税とか、就労とか、送金される年金が非課税とか・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局のところ拒否されない限りにおいては、年6回観光ビザを更新し、年6回旅をしている方が安くて楽だという結論に至ったのだが、本来なら生活の拠点にしている国に納税する必要があったりもするのかもしれないのだが日本にキッチリ納税しているし、今のところ投資家といっても資産運用ともいえるし、たぶんそれに関しては大丈夫だろうと思う。

あとマジメな話。拠点を設けず、モノは必要最小限にして、ビザ免許の国をわたりあるくっていうのも方法論としてはあり。マレーシアに3ヶ月、タイに1ヶ月・・・そうやってまわっていれば1つの国に目をつけられることもない。

ただし僕はフィリピンが好きでここにコミュニティを作っているので最安でなくともここに滞在したいとは思う。まぁ首都圏でも中心部から外れているので1人暮らしの割には安いし、割に質素な生活も平気だし、特に経済的には問題ない。


もしこれを読んでいる人で入国時の良い説明方法を知っている人がいたら教えて下さい。なぜフィリピンに滞在しているのか?週2〜3回子供たちと遊んだり、週末に交流会に参加したり、あとは趣味をしたり、普通にフィリピンでタンバイ(ぷーたろー)してますが、不法就労とかしているワケではなく、真っ白とはいいませんが割に健全に生活しています。

イミグレでは『なぜ永住権を取得しないのか?』と聞かれたりもしたが、高いし面倒だし・・・なんて正直に答えていいものか迷い結局は言わない感じ。

ちなみに最近は女性のイミグレ職員が増えていてオッサンへの追求が厳しくなっている印象があります。買春でもしていると思われているんだろうか・・・そういう人も少なからずいるだろうが、僕はしてないんだけど、そういう目で見られているとしたら残念だなぁ・・・って思います。


マニラの渋滞改善案2

少し間は置いたが前回のつづき。

マニラの渋滞改善案 - フィリピン考察記

 

前回は◆1:役所の制度が複雑なので必要以上に移動がある。って話と、◆2:就職が面倒で近くに就職ができない。って話をしました。それら渋滞要因なので制度改革が進めば渋滞緩和につながります。

ただし首都マニラではもちろんそれだけでは不十分です。

今回はその続編として『PNR(国鉄)の再開発』と『エドサ通りの交通規制』の案をお話します。


◆3:PNR(国鉄)の再開発 ※1追記あり。
現在マニラではNAIA(空港)からFTI - BGCを経てケソン市に抜ける地下鉄が計画されています。FTIの近くに住む僕としてはそれ自体はドンドンと進めていって欲しいと思っています。

ただし完成はいつになるでしょうか??と考えるとまだまだ先の話です。それならもっと簡単で効果的な方法がこのPNRの再開発だと僕は考えています。

旅行者には馴染みがないこの国鉄PNRは地図を診てもらうと分かるのですが、かなり良い場所を通る路線です。南はアラバン- ビクータン、更にパサイ、マカティーを通り北のディビソリア辺まで通っています。

ですが、恐ろしいほどに活用されていません。例えば電車は朝夕こそ1時間に2本くらいあるものの、昼間などは1時間に1本・・・。エアコンが効かないほどの満員電車で、料金はMRTの半額くらいかも・・。

もし車両を大量に購入して10分に1本・・・つまり1時間に6本走らせたらどうでしょうか?例えば1車両で130人くらい、6両編成くらいで約1000人が輸送できる。それが現在の1本/時間から6本/時間になれば、5本分、5000人/時間、増える。それを北、南に向かうので2倍して、1万人/時間、1日15時間営業したとして、15万人/1日の移動できる計算になる(あくまでざっくりした計算です)・・・昼間はMAXにならないことなどを考えて、とりあえず10万人増/1日は現実的な数字なのではないかな??って思っています。

また今は混みすぎとか本数が少ないなどの理由で利用していない人が、PNRが便利になることで利用するようになるので、ジプニーやタクシー移動から電車に変更することで、渋滞が緩和されることが期待されます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実のところ交通インフラは整っていないこと自体が、タクシー移動や自家用車での移動を誘発し、それが渋滞を悪化させてしまう側面があると思っています。なぜなら電車で簡単に行けるならわざわざタクシーを利用する人はあまり多くないはずです。そしてバスやジプニーと比べ自動車は面積あたりや1車両あたりの運べる人数が圧倒的に少ないからです。


◆4:エドサ通りの交通規制

そこでこの案です。これは批判も出るだろう案です。わかっていてあえて問題提起してみたいと思います。それは機関道路であるエドサ道理を原則一般車(およびタクシー)両進入禁止にしてしまうとう案です。上記のように輸送人数はバスなどに比べタクシーや自動車は凄く少ない。なのでその大通り自体をバスやジプニーだけにすればスムーズに流れると思うのです。

渋滞はジプニーやバスを運営する会社にとっても損です。いくら満席であっても進まなければ時間あたりに運べる人数がグッと減ってしまうからです。もし基幹道路を専用にしてしまうことでスムーズに流れるなら会社が儲かります。そして台数も増やせます。その中には少し高級なバスなども出てくるでしょう(タクシーを利用するような人はこれを選んで欲しい)

想像してみてください。あのエドサの大渋滞を見て、その中のタクシーや自家用車を全部取り除いて、その人数分だけのバスを増やしたなら・・・と。またもう1つ想像してみてください。これからフィリピンの渋滞がもっと悪化し豊かな人も増えていって、バス通勤からタクシー通勤あるいは自動車通勤を選択する人が増えた場合にどうなるかを。

そんなワケで基幹道路はバス&ジプニー専用になればいいと思っています。


※1追記:PNRの再開発について車両を増やす案は1番簡単ですが、僕は更に線路を2階建てにして路線を2倍にして上は急行にすればいいと思っています。マニラは地下鉄の他にも新たな路線が計画されているようですが、電車の路線を増やす場合は民家の立ち退きなどが必要で土地の買収やら建物取壊しなどに非常のお金と時間がかかります。2階建てにすればそれらの費用はかかりません。早く実現できるはずです。

※2:その他の渋滞緩和案としては、複雑な一方通行などを減らし、できるだけ最短距離で目的地に付けるように再設計するというのもあります。マニラけっこう遠回りしないといけないことが多い・・。

荷物と赤ん坊を抱えた母親の話。

Alabangに行った帰りのジプニーでの話。

そこには若い女性が赤ん坊を抱えていた。ドライバーのすぐ後ろの席でポーチとは別にカバンが3個。見た感じでは重さは3kg, 5kg, 15kgくらい。乗客の配置からいってはずこの女性の荷物だろう。

 

田舎からマニラに出てきたのだろうこの女性を見ながら『1人で長時間移動だけでも大変なのに赤ん坊とこの荷物で大変そう』と思った。


僕は市場でたいした収穫もなく歩き疲れていたので目を閉じて休憩モードに入っていたがその女性が座席の向かい側に座っていたこともあり電話での会話が聞こえてきた。ドライバーとのやりとりも聞いている感じでは、どうやら乗るジプニーを間違えたらしい。

この路線は高速道路&線路を挟んで左右に2つある。どちらもAlabangからSucat・Bicutanを経由してPasayまでいく。ただ別の路線を選んでしまうと目的の場所を通らず遠回りすることになる。

女性の目的地は左の路線沿いらしく、僕らが乗っている右の路線だとBicutanで降り、左の路線まで約400mを歩くことになる。


僕は女性の隣に座っていたカップルとか他の誰かがBicutanで手伝ってあげることを期待しつつ、もし助けがなさそうなら途中下車して荷物を運んであげようかと考えはじめた。


僕には子育ての経験はないがそれでも小さな子供との旅が大変なことは想像に固い。幸いにも赤ん坊はおとなしくしているが泣いたりぐずったり、やれミルクだオムツ交換だと考えると荷物がなくても大変だろう。また大きな荷物はキャリーバッグでもないし重さでヒモが切れることも十分にありえる。

そうしているうちにカップルの男の方が赤ん坊と目があい興味を持ち始めた。それまでカップルでじゃれあっていたが赤ん坊が加わり微笑ましい顔を浮かべている。フィリピンは子供が多いことが多産を誘発しているらしい。


ジプニーはいつもの渋滞に巻き込まれつつもBicutanに到着する。女性も抱っこ紐を準備しはじめる。が、ジプニーが止まるとさきほどのカップルはさっさと降りて行ってしまった。『おい!見えているのは赤ん坊だけか!??』と少し驚きつつ、荷降ろしを手伝い僕も降りた。


ジプニーの中ではいろいろ考えていた。『ハロウィンの残りのお菓子をあげてもこの子は食べられないだろうなぁ』とか『少しとはいえ荷物が増やしてしまうことを申し訳なく思うほどの荷物の量だなぁ』とか。あとタクシーを拾って乗せてあげるなんてことも考えていたが、あまりやりすぎるとどうかなって思ったので単に荷物をもってあげることに。僕はカバン3つを持つつもりでいたが思いの他重い・・。流れで大1つと中1つを持ったがあとの中1つは女性が持ったが、それも持ちますとはとても言えなかった。

女性の荷物を持ち歩いている間はほぼ無言だったのだが、それでも少し話をした。どうやら女性は田舎から6時間かけてマニラに来たらしい。『どうして付き添いが誰もいないのか?』とか『どうしてお迎えもいないのか』とかは気になったが聞くこともなかった。

歩いている途中で4度ほど左右の荷物を持ち替えながらジプニー乗り場に到着し、荷物と女性らがジプニーに乗り込んだのを見届けてその場を後にした。